白坂:企業のときはある意味特定の事業を担当されていたと思うんですけど、アメリカと日本のオフィスでお仕事をされていくなかでお仕事の幅は広がりましたか?

小山:そうですね。幅は広がってきていますね。知財以外の仕事もあります。知財の中ではもちろん軸は特許ですけれど、商標であったり不正競争防止法であったり、色々なものがあります。

白坂:いろんな日本の弁護士先生ともタイアップしたりとか、アメリカともやりとりしてみたり。本当にお仕事の幅がだいぶ変わっていますね。

:米国弁護士としても活躍されている小山先生。どういった流れで今のキャリアにいたったでござるか?

米国弁護士資格を取った経緯

白坂:小山先生はアメリカの弁護士資格を取られていますけど、もともと言葉はどうされていたんですか?

小山:もともと父親が銀行員で、子どもの頃に家族でロサンゼルスに住んでたんですよね。幼稚園から小学校の途中までいまして、そのときはバリバリネイティブでした。

白坂:で、その後はインターナショナルスクールへ、みたいな感じですか?

小山:日本に帰ってきてからは、慶應普通部という中学校を受けまして。

白坂:よく合格できましたよね。

小山:非常にラッキーでしたね。帰国子女枠というのはあったんですけど、私の場合帰国してから受験するまでの期間がちょっとあいていたので、帰国子女枠ではなくて。

白坂:すごい、頭がいい。野球をやられてたんでしたっけ?

小山:中学から野球やってましたね。

白坂:ロスでも野球やってたんですか?

小山:ロスでは部活というものはあまりやってなかったですけど、たまに野球やサッカーをやってましたね。

白坂:中学校から大学まで慶應ですか?

小山:そうですね。中高大、大学院。だから慶應の卒業証書いっぱいあるんですよ(笑)。

白坂:すごいですよね。これちょっと飾ってほしいくらい(笑)。

小山:そして、もう一回大学に行ってるんですよね。私もともと理系なんですけど、大学の法学部を通信で出ているので。

白坂:米国弁護士のために?通信ってどこいかれたんですか?

小山:慶應です。

白坂:あ、慶應なんですね!すごい。

小山:中高大、大学院。で、大学は2学部出てるから5枚あるんですよね。同じようなフォーマットの卒業証書が(笑)。

白坂:しかも慶應の法学部を出ると、たしか弁護士の資格を取るのに2年が1年になったりっていう短縮がありますよね。なにかそういう短縮があるから受けたんですか?

小山:日本のロースクールの既習のことでしょうか。日本の資格はそれも関係するかもしれないですけど、アメリカ資格の場合は関係ないんですよ。

白坂:え、じゃあ勉強のためだけに。

小山:そうですね。

白坂:すごい!

小山:アメリカのロースクールとか、司法試験を受けたりするのにどこかの国で法学部を出てなきゃいけないっていう要件があったりするんですよね。

白坂:じゃあ日本でアメリカ弁護士になることを意識して、わざと通信の大学に通って。

小山:そうですね。一応最初からそういうつもりで。

白坂:法学部の学位は何年間でとったんですか?

小山:法学部は4年半ですね。

白坂:長いですねけっこう。社会人やりながらだから、ちょっと延長したりして。

小山:はい。

白坂:日立には何年くらい勤められてたんですか?

小山:まる15年ですね。

白坂:その中で4年半勉強して。

小山:はい。慶應の大学院を機械科で出て、日立に入ったのが2004年で。研究室の教授がもともとデジカメの技術者の方だったんですよね。デジカメのオートフォーカスのところを開発されていて、特許も沢山書かれていて特許のマインドが高い方でした。その先生が研究室の学生に「成果がある程度上がったら特許を書いてみては」と勧めて下さり、私も書くことになりました。そのときに先生から紹介していただいた弁理士さんが教授の技術者時代の元同僚の方でした。

白坂:特許事務所の方だったんですか?

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